旅の本にはいろいろなジャンルがある
「エッセイ(随筆)」は体験などの知識を基にした感想主体の文章です。「紀行文(旅行記)」は旅程を基に旅の体験を細かに記録したものです。エッセイと紀行文は区別がつかないものもあり、今回は本の書評を参考に分けました。
特定の地域を舞台にした「小説」もガイドブック的な要素があり、旅心を誘うといえます。「写真集」はダイレクトに旅行した気分にさせてくれる本です。ぜひこれらの名著で疑似旅行をお楽しみください。(この記事は2021年8月30日時点の情報です)
旅に出たくなる本:エッセイ
①『森見登美彦の京都ぐるぐる案内』
まずおすすめするエッセイは、『太陽の塔』『夜は短し歩けよ乙女』のファンはもちろんのこと京都好きな人必見の、作家の森見登美彦さんの人気エッセイです。本作は森見氏に縁がある、作品の舞台としても登場する京都の名所をロケ地巡りをしているようにつづっています。
秀逸なのは作品の一部文章が抜粋されており、森見氏の美しい文章をも味わえること。京都らしいホラー的要素が感じられる旅エッセイも2編収録されています。
②『ちょっとそこまでひとり旅だれかと旅』
本作は肩の力が抜けた線のイラストとほんわかエッセイで人気の、ひとり旅上手な益田ミリさんの旅行記です。本作はひとり旅だけではなく、母親や友達などの同行者との旅の様子が楽しくつづられています。
スカイツリーや深大寺の日帰り旅行から始まり鎌倉や江の島などの近郊、遠くは鹿児島や八丈島、そしてフィンランドやスウェーデンと3年間で各地を旅しています。ひとり旅もよいですが誰かと一緒の旅にも出たくなることでしょう。
③『離島ひとり旅』
日本自体は島国ですが、さらに6,852もの離島があるため、より旅心を搔き立てられる個性的な雰囲気の離島旅に憧れる人も多いのではないでしょうか。
本作は離島女子ひとり旅の先駆者とされる著者が訪れた30の離島を、初級・中級・上級に分けて紹介してあります。南大東島や礼文島など、離島旅が初めての人におすすめの島からマニアックな"秘島"まで、離島での旅の魅力があますところなくつづられている紀行本です。
④『人生はどこでもドア』
本のタイトルからして自由な気持ちになれる本書は、フランス語ができなくても大した準備ができていなくても「大丈夫!」と旅への背中を押してくれます。普通の海外旅行と違うのは"暮らしているように旅した"こと。
著者がリヨンで過ごした14日間の旅は、マーケットやカフェの店員さんと大変ながらも交流ができていく過程が楽しくつづられています。海外の観光地を忙しく巡ることに疲れた人におすすめの紀行文です。
⑤『わたしのマトカ』
こちらのエッセイは個性派俳優で人気の片桐はいりさんが、映画『かもめ食堂』のロケ地であるフィンランドでの体験をつづった、紀行文的要素の強い旅の本です。
片桐さんの何でも面白がる好奇心旺盛さや抜群の行動力、そして片言英語でも誰とでもコミュニケーションを取る度胸など、片桐さんの魅力がたくさん詰まった内容になっています。ゆったりのんびり生きることを大切にするフィンランド人の気質が伝わってくることでしょう。
⑥『寅さん「日本」を歩く』
本書は映画『男はつらいよ』ロケが行われた全国各地の50か所ほどにある、330あまりの"寅さんの聖地"が紹介されてある旅のガイドブックです。
寅さんの最も大切な場所である柴又から始まり、「温泉」「絶景」「城下町」「名刹・古社」「港町」「水景」「島」などと、寅さんの旅先をテーマで分類してあるのが特徴です。ファンは寅さんが愛した、ときにはせつない思いで見つめた景色を旅で追体験してみてはいかがでしょうか。
⑦『駅長さん!これ以上先には行けないんすか』
オンライン古本屋の先駆けともいえるライターの北尾トロさんがつづった、観光名所めぐりの旅に飽きた人におすすめのマニア的な本です。鉄道好きでなくても「線路の端はどうなってる?」と少しでも気になる人はぜひこの一冊で消化してください。
鉄路の端は何の変哲もないように見えますが、先端ゆえの物語があることを教えてくれることでしょう。知らない路線をグーグルマップで見ながら読むと、楽しさが倍増する国内旅行記です。
旅に出たくなる本:紀行文
①『重ね地図で読み解く大名屋敷の謎』
本作は、東京にある厳選された16コースの高低差を楽しみながら江戸の街づくりや歴史について知識を深められる案内書です。現在は多くが公園として整備されている大名屋敷をテーマにしています。
高低差を表現した現代の3D地図に江戸の切絵図を重ねることで、現在と江戸の違いが一目瞭然です。「本郷・上野」「三田・麻布」などエリアごとに分類されてあり、眺めているだけで周辺の知識も増え、地理本としてもおすすめします。
②『第一阿房列車』
随筆家であり小説家でもある内田百閒の本作は、鉄道文学とされる阿川博之の『お早くご乗車ねがいます』や宮脇俊三の『時刻表2万キロ』に影響を与えた紀行本です。一部地域以外は観光や長く滞在することもなく、ひたすた鉄道で移動することが目的の旅を実行しました。
借金を重ねて得た1等客車での鉄道旅を弟子とともに楽しむユーモアにあふれた文体が楽しく、自分も誰かと一緒に鉄道の旅に出たくなってしまうことでしょう。
③『深夜特急』
本書は旅好きであれば誰もがおすすめする紀行文の名作中の名作であり、1986年発行の全6巻ながら今もバックパッカーのバイブル的存在です。香港を中継し、インドからロンドンまで乗り合いバスを利用しながらユーラシア大陸を横断した貧乏旅が、瑞々しい感性と斬新な文体でつづられています。
当時、本書の体験に憧れて多くの若者が世界の旅に出たそうです。片言英語でも「伝えようとする意が大切」との言葉に勇気づけられます。
④『時刻表2万キロ』
本作は鉄道ファンであった著者が時刻表を駆使しながら1975年から3年かけ、国鉄の約100線区(2,000キロメートル)の完全乗車に挑戦した過程をつづった紀行文です。現在は一般的な鉄道に乗ることを楽しむ「鉄道旅」は、本作が知らしめるきっかけをつくったといえます。
現在廃止されている路線を確認しながら読み進めるのも感慨深いものがあります。赤字路線が昭和50年代には既に問題視されていたことも興味深いです。
⑤『長い旅の途上』
1996年にカムチャツカでクマに襲撃されて亡くなった、写真家で探検家の星野道夫がアラスカの大自然や人々をあたたかいまなざしでつづった76篇の紀行文です。最後のメッセージ「きっと、人はいつも、それぞれの光を探し求める長い旅の途上なのだ」が心に響く、探検家ならではの視点が素晴らしい名作といえます。
他にもいくつもの本が出版されており、『旅をする木』はバックパッカーの愛読書としても人気の名著です。
⑥『インパラの秋』
単身26歳でユーラシア大陸とアフリカ大陸の47ヶ国を、684日間かけて横断した記録を記した紀行文で、第7回開高健ノンフィクション賞受賞作品です。女性でも冒険的な海外旅行ができると背中を押してくれる名著です。
初めは世界文化遺産を観る対象にしていましたが、やがて心惹かれたのが人々との出会いでした。アフリカの子供に接したことで相対的な視点を養い、金銭的豊かさよりも本質的な幸福に気づいたとつづっています。
⑦『極北へ』
本作は第6回開高健ノンフィクション賞を受賞した石川直樹の、カナダ・アラスカ・グリーンランド・ノルウェーなどの北極圏ならびに周辺の極北を探検した際の記録をつづった長編エッセイです。
過酷ゆえに美しい北極圏の自然、その自然のもとでたくましく生きる人々が躍動感あふれる文章で表現されています。先住民の「昔は人間と動物は同じ言葉を話していた」という伝説を引用し、地球環境への気づきを促してくれる名作です。
⑧『オーパ!』
小説家でありノンフィクション作家であり、そして熱心な釣師でもある著者の65日間及ぶアマゾン川での体験を、臨場感と躍動感あふれる文体でつづっています。黄濁するピラニアだらけの河での格闘を通して、汚染や乱獲による絶滅危惧生物の状況もユーモラスな文体で表現した旅行記の名著です。
海外好き、鳥獣虫魚好きな人におすすめですが、読んでいる最中にブラジルで驚いたときの言葉、「オーパ!」と叫びたくなることでしょう。
⑨『日本奥地紀行』
本書は明治時代にイギリス人女性が東日本から北海道までを約7ヶ月間滞在して克明に記録した名作です。当時西洋人の旅は珍しく、まして"奥地"まで制覇する西洋人は散見されませんでした。優しい気持ちを持ちながらも客観的な観察と冷静な分析を忘れずに、日本人の暮らしを詳細につづっています。
着眼点の素晴らしさからくる文章表現が巧みで、アイヌ研究が本格化する前に詳細な記録を残している点も評価されている旅行記です。
⑩『かくれ里』
本書は、吉野・葛城・伊賀・越前・滋賀・美濃などの落人伝説のあるかくれ里を訪ねることで、忘れられがちな日本の歴史や伝承、風俗に再び光を当てている紀行文の名作です。著者は能を始めとする伝統文化に造詣が深く、抑揚を抑えた文体は日本の原風景を思い起こさせてくれ、非常に心地よく感じられます。
今は50年前に比べてかくれ里的な雰囲気は消えているかもしれませんが、現地に日本の伝統美を探しに出かけたくなります。
⑪『街道をゆく』
本書はいわずと知れた歴史小説家である司馬遼太郎の紀行文となり、名作中の名作、歴史好き・散策好きは必読の一冊です。1971年~1996年まで週刊誌に読み切り連載され、国内と海外の街道・みち(交通)に着目し、独自の切り口で世界各国の歴史や地理、人物についてつづっています。
街道に立ち、著者が体験したように古人に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。全60巻あるので関心のある地域から読むのがおすすめです。
旅に出たくなる本:小説
①『真鶴』
神奈川県の真鶴町も舞台にした、芥川賞作家の川上弘美が描く幻想的な小説です。失踪した夫を探しに真鶴を訪問した主人公が、"ついてくる"ものに出合ってしまいます。夫の失踪の原因もついてくるものの正体も明らかにはされませんが、現実と虚構が入り混じった独特な世界観に引き込まれます。
三ツ石というパワースポットもある真鶴岬は特に独特な地形と植生を持ち、主人公が体験した現実と虚構の境界を追体験できるかもしれません。
②『鹿男あをによし』
本作は奈良の平城宮跡を舞台にした万城目学の作品となり、主人公である教師が教え子とともに地震による滅亡から日本を救うというファンタジー小説です。玉木宏さん主演でテレビドラマにもなりました。
神の使いとして奈良公園のシカが効果的に使われており、読後はキュートな目をしたシカに会いに奈良を訪れたくなるかもしれません。奈良と吉野以外に京都の伏見稲荷神社も登場するので、古都めぐりもしたくなることでしょう。
③『テンペスト』
本作は仲間由紀恵さん主演でドラマ化もされた、19世紀の琉球王朝末期が舞台の人気歴史的小説です。美貌と才能を持つ少女が性を偽って役人になり、さらに王の側室にもなりながら、懸命に琉球王国を守るために生きる姿が描かれています。
現在の鹿児島県である薩摩の圧政とペリー来航などの時代の波に翻弄された、琉球王朝末期の歴史についての理解が深まります。日本文化とは一線を画す壮大な物語に満足することでしょう。
④『泥流地帯』『続・泥流地帯』
本作は、今では丘の風景が美しい街として知られる美瑛町や上富良野町が、有史以来の長い歴史の中で十勝岳連峰の噴火によってできたことが理解できる小説です。
特に1926年の十勝岳噴火の泥流で甚大な被害を受けた上富良野町の農民たちの物語を、噴火被害の史実に沿って描いています。自然の脅威に成すすべもない人間の弱さを示す一方で、他者をいたわることの大切さが何よりもかけがえのないものとして描かれているのです。
旅に出たくなる本:画集
①『世界一の写真集』
本作は世界最高峰のエベレストや世界最大のカスピ海、世界最深のバイカル湖、世界一長い川のナイル川などの「世界一」を集めた写真集です。心を揺さぶる景色ばかりで、まさに本を眺めているだけで旅した気分になります。
気になる日本の世界一は法隆寺が世界最古の木造建築として紹介されており、日本の素晴らしさも再発見できる地理の勉強にもよい本といえます。旅行がままならないときは手っ取り早く写真集でいやされましょう。
②『奇跡の絶景 心を整える100の言葉』
本作は「世界は広くて美しい!」ということをつくづく実感させてくれる、世界各地のとびきりの絶景を集めた写真本です。本作では写真だけではなく、世界中の名言を写真に合わせて「生と死」「勇気」「誠実」などと7つのカテゴリーで紹介してあることが最大の特徴になっています。
他人と会話する機会が少なくなりさみしくなったときは、本作でじっくり写真と名言をかみしめ、元気になるきっかけをもらいましょう。
③『行ける工場夜景写真集』
一見無機質で緻密な工場夜景の美しさを写真に収めた本作は、工場好きでなくても見入ってしまう驚異的な素晴らしさです。本作のカメラマンはひとりではなく、工場夜景専門の写真家を始め、SNSで人気がある写真家などの工場夜景が、工場への愛情が込められた解説とともに紹介されてあります。
近未来的なSFの世界を思わせる無機質な景色ながらも、灯りの背後にある人間の営みを想像する楽しみ方もできる優れた写真本です。
④『岩合光昭 島の猫』
本作は、世界中の野生動物はもとより、身近な"地域猫"の愛くるしい姿を猫目線で撮影する岩合光昭さんの人気な写真本です。北海道から沖縄までの全32島の景色とともに収めた猫たちにいやされます。
島ゆえののんびりした生活、反対に暮らしやすい環境ゆえに厳しい生存競争のなかで生き抜く猫たちの様子が丁寧に切り取られています。いつか写真に載っている猫たちに会いに、いろいろな島に出かけたくなることでしょう。
旅の本を読んで疑似体験を楽しもう!
旅に関する本は、手軽に読めるエッセイや写真集、スリルも味わえる紀行文や旅行記、特定の地域を舞台にした小説などのさまざまなジャンルがあります。名著といわれるものから最新のフィクションものまで幅広く、より取り見取りです。
本であれば世界一周もできるので、ぜひお気に入りの本を見つけて素敵な疑似体験を楽しんでくださいね。気軽に旅行ができるようになったときのためにもいろいろな本を読ん準備しておきましょう!
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