はじめに
日本の生態系を脅かす存在
海外から日本に運ばれてきた外来種を知っているでしょうか。例えば、ブラックバスやブルーギル、最近ではヒアリなどが記憶に新しいですね。日本の生態系を荒らして、時には人にまで実害を及ぼす厄介な生物たち。
侵略的外来種
そんな彼らを「侵略的外来種」とカテゴリーして日本の生態系を守るためにわれわれは頭を悩ませているわけです。しかし、実は日本由来のさまざまな動植物も海外では立派な「侵略的外来種」に指定され、その猛威により生態系を荒らしている現状を、皆さんはご存知でしょうか?
アメリカなどの海外で猛威をふるう「葛」
外来種に対する海外の反応はさまざまです。ただ、今回はそんな日本から海外へと渡った外来種のなかから特にアメリカを主なターゲットとして旺盛な繁殖力で生態系を荒らしまわる存在、「葛」についてご紹介します。
葛(くず)とは
マメ科クズ属のツル性の多年草
葛は7世紀から8世紀の古来より日本では「秋の七草」としてその名を連ねていたほどの歴史のある草花です。多年草とは簡単に言えば年を越す草のこと。すなわち、葛は一度根を張ると長年にわたりその土地に繁栄する草花となります。
葛(くず)の名前の由来
葛は「くず」と読みます。これはもともと古来、日本がまだヤマトノクニと呼ばれた時代に奈良県に該当する地域にあった地方「国栖(くず)」に、この草花が生えていたことに起源が存在します。
葛の生態と利用法
葛はツルで生長する植物
葛はツルを地面に張りめぐらせて生長するもので、生長先にあるありとあらゆる物にグルグルと巻きつきながら育っていきます。長さは軽く10m以上にもなり、ツルは赤褐色をしておりその表面をおびただしい数の産毛が覆います。
葛の根は太くて大きい
葛は表面のツルにばかり目がいきがちです。しかし、実は地中に埋まる「根」の方がツルよりも太さを持ち、まるで木のような質感へと変化します。そして、その根はまるでイモと間違うほどの丸みのある形状と立派なサイズへと生長し、大きいものですと野球ボール以上にまでなります。
葛の葉と花
葉は大きく、光合成に適しており三叉の形状が特徴的です。さらに、美しい花を咲かせると評判の秋の七草に相応しく、秋になれば特徴的な形状の芳醇な香りを漂わせる花を付けます。そして、開花後にはマメ科特有のサヤとこれまた産毛で保護されたマメを結ぶわけです。
葛の利用法
葛は、葉から根からツルに至るまでその全てを有効に活用できることでも知られます。食用、薬用はもちろん家畜のエサとしても有用です。例えば、「葛餅(くずもち)」と呼ばれる食べ物は日本ではポピュラーな和菓子ですね。あれは葛の根からでんぷんを抽出して作ります。そして、「葛根(かっこん)」は同じく葛の根を乾燥させた漢方薬で、自然由来の生薬では抜群の効き目があることで有名です。
葛の猛烈な繁殖力
植物界でもトップクラスの繁殖力
ここまで葛をご紹介したわけですが、葛を語る上で避けて通れないのがその猛烈な繁殖力です。葛はどうしても地上に出るツルにばかり目がいきがちな草となります。ただ、本体はあくまで地中に張りめぐる根です。仮に地上のツルを全て焼き払ったとしても地中に根がわずかでも残っていればそこからすぐに再生します。
ツルや根による繁殖
ツルは主に夏の暑い時期に生長期を迎えます。生長期の葛のツルが一日に伸びる長さは30cm前後。しかし、個体差があるので精力のある個体なら50cm以上もたったの24時間で生長します。もちろん、根も生長期にはぐんぐんと肥大化して大きく育ちます。
繁殖はマメでも行われる
さらにマメ科らしくサヤのなかのたくさんのマメからも繁殖します。葛は秋に美しい花を咲かせ、その花が散るころにはサヤにおさめられた沢山のマメが地上に撒かれて、また次の世代の葛を増やしていくのです。
葛のアメリカ繁殖事情.1
太平洋を越えアメリカ大陸へ進出
そんな人類にとっては一見して有用な性質を保有して、かつ繁殖力をも備えた葛。この草は今では太平洋を越えて遠くアメリカの大地で広く分布しています。なぜ、日本からはるばるアメリカにまで渡ったのか。その起源は1930年前後のアメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトが主導して行った政策に存在します。
アメリカのニューディール政策で移植された
ニューディール政策は日本の義務教育課程でも取り扱われるテーマなので、何となく耳に覚えがある方も多いことでしょう。この政策の過程でテネシー河谷の土地に大規模な多目的ダムの建設を計画した当時のアメリカ政府は、土壌と水源の保護目的で大量の葛を日本から輸入しました。
葛は思惑通りにアメリカに定着した
もともとはフィラデルフィアで行われた万国博覧会で、たまたま装飾用や家畜の飼料用に日本のパビリオンに並んだ葛を目撃したアメリカ政府関係者が、その数十年後に葛の利用を思いついたことに端を発したこのアメリカへの葛の伝来は、ルーズベルト大統領の思惑のとおりに大成功しました。
葛のアメリカ繁殖事情.2
アメリカを占領する葛の繁殖力
生来、温暖で湿気のある気候を好む葛は北アメリカの東沿岸からみるみる繁殖を続けていき、今ではこの草花の生える面積は30000平方キロメートルにまで及びます。この面積は、分かりやすく例えれば国内では九州、海外では台湾の総面積の8割ほどを葛で埋め尽くせるほどです。
葛の繁殖を喜ぶアメリカの人びと
葛のおかげもあってアメリカのダム建設は上手く運び、またアメリカの荒野も「上空から見れば」緑が覆う素晴らしい大地へと変貌しました。20世紀前半のアメリカ国民はおおいに葛の繁殖を喜び、さらに人の手で増やしていきました。
アメリカは葛にとってパラダイス
ただ、アメリカにとって想定外の事態が起こり始めます。葛の繁殖力はあまりに旺盛すぎました。この草花は四季のある日本であれば暖かい夏にのみ重点的に生長しますが、アメリカの特に葛が持ち込まれた地域は通年で温暖な気候となります。葛にとってアメリカはまさに楽園と呼べる場所です。
葛のアメリカ繁殖事情.3
葛はついに「侵略的外来種」に指定される
結果、葛はまさに猛烈な勢いで繁殖していき、「生長先にある物を巻き込みながらツルを伸ばす」性質で建造物を飲み込みながらアメリカの大地を侵略していきます。そして、現在ではアメリカでは葛は「ジャパニーズグリーンモンスター」とまで呼ばれ、とうとう「侵略的外来種」に指定されるまでになりました。
根絶困難な繁殖力
日本におけるブラックバスなどと同じく、アメリカにとって葛はもはや不要以上の有害な存在になってしまいました。ただ、繰り返しになりますが葛は猛烈な繁殖力を持っています。地上のツルを全て取り除いても、たったひとかけらの根が地中に残っていれば次の年にはもう周囲一体は葛だらけになります。
そこまで葛は悪者か?
葛は人が活用するのに便利な性質を持ち合わせた、見方によっては優秀な存在です。食用、薬用はもちろん葛は草食の家畜にとっては最高のご馳走。飼料としても価値を有するのに加えて、土壌や水質も保護してくれますし地域の緑化にも一応役立っています。
葛が隠し持っていた落とし穴
そのため「そこまで実害があるのだろうか」と考えてしまう方もたくさんいらっしゃるのではないですか?実際に、1900年代前半のアメリカの人たちも葛を絶賛して、その繁殖を好意的に受け入れていました。ただ、残念ながらそう上手くはいかない事情が存在します。葛の繁殖繁栄には重大な落とし穴がぽっかりと口を開けて待っていました。以下、葛の被害について解説します。
葛の繁殖による被害.1
「緑の砂漠」とは
葛による被害は、俗に「緑の砂漠」と表現されます。緑の砂漠とはあまり聞きなれない語句ですね。簡単に解説すると、これは「大地に緑が多いように見えても実は一種類の草のツルが地面を覆うだけで他の種類のものは皆無な状況」を指すワードとなります。
葛の侵略は緑の砂漠化をまねく
葛が繁殖して大地を侵略していくと、この緑の砂漠化が進行します。なぜなら、この現象には葛の繁殖方法と密接な関係が存在するからです。葛はツルを地表に伸ばしていき、そしてツルの先にあるありとあらゆる物を巻き込みながら生長していきます。もちろん、巻き込む物は人工物に限られません。
木を駆逐する葛の被害
例えば、防風や造林の目的で植えられた木なども葛の侵略の対象となります。どれだけ背の高い頑丈な木であっても、葛のツルが二重三重にぐるぐると巻きついてしまうとその木はツルの重量でどんどん曲がっていき、最終的にはポキリと折れてしまうのです。
緑の砂漠に木は生えない
仮にツルの重量に打ち勝つほどの頑丈な木であったとしても、葛の侵略によってツルで巻き込まれた木は短命です。木も草花も光合成をしながら生長していく性質を有します。しかし、葛のツルで表面をぐるぐる巻きにされた木には太陽光は当たりません。結果、葛の侵略した大地からは木が消えていきます。これが緑の砂漠化の第一歩です。
葛の繁殖による被害.2
木だけでなく草花にも被害が
葛による緑の砂漠化は木を枯らせるだけではありません。この現象は地表の他の草花を例外なく枯らせていきます。地表を覆うようにどんどん伸びるツルは、まるでカーペットのように隙間なく大地を巡っていくのです。
緑の砂漠への進行は止まらない
その土地にもともと生える草や花の上空を覆い隠すように侵略していくツルによって、木と同じように太陽光を遮られて、光合成ができずにどんどんその土地由来の草花は枯れていきます。これが緑の砂漠化の次の段階です。
葛のみが生える緑の砂漠
そして最後の仕上げとして、葛はその大地に大量のマメをばら撒きます。もともと葛は根を伸ばしてそこからも繁殖する種類の草となります。それに加えて、マメでの繁殖も可能な厄介な性質を持っており圧倒的なスピードで大地を侵略占領していきます。葛以外のものは一切見られない「緑の砂漠」の完成です。
葛の繁殖による被害.3
緑の砂漠による人への被害
緑の砂漠化の影響はそこに住む人たちの生活に明確な被害として現れます。例えば、林業を営む人は葛を除去しなければ漏れなく廃業です。葛の繁殖する環境では絶対に林業はできません。また、農業も大打撃を受けます。葛の侵略を防がなければ、農地は漏れなくツルで覆われてしまいます。
葛の被害はインフラにまで
また、葛は交通などのインフラにも重大な被害を及ぼします。ツルで覆われた信号や標識は見えないばかりか、ツルの重さで折れてしまうことも。
葛の繁殖への対策
葛の天敵を上手に利用する
葛は撲滅が難しい草です。ただ、それでも排除しようと考えた場合には天敵を上手に利用するのがよいでしょう。木にも草にもほぼ全てに天敵となる虫や病が存在します。ヤニが出ることで有名な松でさえも例外ではなく、松食い虫と呼ばれる特有の虫が存在するほどです。
マメ科の葛を好んで食べる天敵たち
葛の天敵となる虫は数種類いますが有名なものはオジロアシナガゾウムシやマルカメムシです。主にマメ科の草を好んで食べる虫たちとなります。天敵の彼らを葛の繁殖への対抗手段として輸入して放つ国も存在します。
家畜もまた天敵となりえる
また、この植物は元来、家畜に好まれる性質を有する存在です。ツルや葉、そして根に至るまでヤギやウシなどの草食動物は好んでモリモリと食べていきます。そういう意味では、家畜もまた虫と並んで、葛の天敵と言ってもよいでしょう。
天敵がいなければヘリで除草剤散布
他にもアメリカや他の海外の反応としては主に除草剤などの薬による葛の除去があります。大掛かりなものではヘリコプターで葛に侵略された大地に薬剤を散布してツルを枯らせる手段が取られますが、根が残るのでその場しのぎにしかならないのが悲しいところです。
葛が日本で繁殖しすぎない理由
日本はなぜ葛の被害を受けないのか
もともと、日本では北は北海道から南は九州に至るまで葛が繁殖しています。沖縄ですら、葛の亜種であるマメ科の種類のものが繁殖するほど、この植物は日本という土地に根付くものなのです。それにも関わらず、皆さんはこの葛をそこまで意識して生活していないのではないでしょうか。
天敵に恵まれた日本の土壌
アメリカの葛事情を鑑みれば、日本もアメリカ同様に葛に侵略されていてもおかしくはないでしょう。しかし、喜ばしいことに日本では葛の繁殖はほどほどにとどまります。それは、前項で触れた天敵の存在に理由が存在します。
日本の自然メカニズム
日本には古来より、葛の天敵となるような虫、動物、病がさまざま存在しています。もちろん、四季による生長の抑制という要素も関係しますが、自然由来の天敵が食物連鎖の過程で葛を食べて淘汰してくれるおかげで、日本では葛は局所的な繁殖に限定されるのです。
葛とアメリカ以外の海外の反応.1
侵略的外来種ワースト100
葛に対する海外の反応としてはさまざまですが、国際自然保護連合の策定した「世界の侵略的外来種ワースト100」という一覧に、葛は見事にその名を連ねてしまいました。
海外の反応はさまざま
アメリカ以外の海外の反応として、例えばヨーロッパの場合は外来種に対しては各国での対策を義務として課していますが、EUの登場によって葛をはじめとした外来種の対策は困難なものとなっています。
ニュージーランドでみる海外の反応
他に取り上げるべき海外の反応としてはニュージーランドが挙げられます。この国は多様で固有な生態系を持っており楽園とまで比喩されるほどの豊かな環境を持っていましたが、最近では外来種の被害により、その生態系は重大な影響を受けており国家をあげて外来種撲滅に取りかかっています。現在では世界で最も厳しい外来種対策を行う国として有名です。
葛とアメリカ以外の海外の反応.2
葛に期待をかける海外の反応
特に葛の場合には旺盛な繁殖力で例え「緑の砂漠」であっても一応の緑化を望めることから、極限の砂漠地帯に植えてしまったらどうかというような海外の反応もあるようですが、残念ながら葛はある程度の湿気がある地域にしか繁殖しません。そのため、そんな海外の反応に代表されるような効果は期待できないでしょう。
葛からバイオ燃料を抽出する
ただ、海外の反応のなかには葛を好意的に受け入れている国も見受けられます。中国やアジア諸国などでは葛はいろいろな使い道のある有用なものとして今でも重宝されます。また、クリーンエネルギー開発の一環として葛からバイオエタノールを精製する方法が開発されるなど、技術の向上によって将来の葛に対する海外の反応は現在のものとは変わってくる可能性があります。
まとめ
外来種の侵略に対抗する
侵略的外来種は海外から日本に来て生態を荒らすものだけでなく、逆に日本から海外へと渡って侵略していく種も多く存在しています。葛もまた、そんな外来種の一つとして数えられ、今この瞬間も除去のための措置が海外のどこかで実行されているのです。
これ以上被害を広げないために
ただ、そんな有害とされるものも、元を辿れば人の手で持ち込まれたものであることを棚に上げるべきではありません。これ以上、もともとの生態系を荒らさないためにも海外へ渡航する際には外来種などの持ち込みは絶対にやめましょう。
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