黒部峡谷について
黒部峡谷は、鷲羽岳を源流域として日本海へ流れる黒部川が作る峡谷です。立山連峰と後立山連峰の間に深く刻まれた谷は、美しい地形を作り上げているとともに、人を寄せ付けない厳しさを兼ね備えた秘境でもありました。今では、黒部峡谷鉄道のおかげで、多くの人がその自然の雄大さに触れることができるようになりました。
黒部ダム
黒部峡谷にある建造物といえば、やはり黒部ダムです。美しいアーチ状の姿を見るために多くの観光客が訪れます。
黒部峡谷の水平歩道とは
水平歩道は欅平から仙人谷ダムまで、黒部川の左岸の崖をコの字に削って作った道です。欅平からの最初の登りなど一部を除くと、ほぼ同じ標高で水平に道がつくられています。そのため、水平歩道と呼ばれています。
水平歩道は、関西電力が整備しています。雪がなくなってから整備するので、開通時期は年によって異なりますが、大体、例年9月下旬ごろに開通します。
人が行違うだけの道幅もないところも多く、毎年転落事故が発生しています。転落すると、数百メートルの崖下へ落ちるため、助かる可能性はゼロに近いです。欅平から約12km先の阿曽原温泉小屋を目指す以外は、途中にエスケープルートもありません。
黒部ダム開発と黒部峡谷水平歩道
黒部渓谷での電源開発の調査のために水平歩道の着手が始まりました。その道は、やがて「黒部の太陽」でも難工事として取り上げられた黒部ダムの建設工事のための、資材運搬の道として利用されることになります。大町側にトンネルが出来上がるまでは、資材を人力で持ち上げる重要な道として、水平歩道が利用されていました。
黒部ダム開発
戦後の関西地方における深刻な電力不足を解消するために、黒部峡谷にダムを作って水力発電をし、その電力で関西での消費電力を賄うと計画が持ち上がりました。そして、その計画を実行するために黒部ダムが建設されました。
黒部峡谷は秘境の地で、自然条件も過酷です。そのため、物資を運ぶルート(のちの日電歩道や水平歩道)を作るところから困難を極めました。
過酷な建設現場
黒部ダムの建設工事では、171人もの人が亡くなっています。その中でも、志合谷の宿舎が泡雪崩によって、宿舎ごと対岸の奥鐘山西壁まで吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられて84人が亡くなっています。谷底に落ちても、過酷な自然条件の中では、助ける手段もなく、人柱として葬られたと言われています。
黒部ダムには多量のコンクリートが使用されていますが、このコンクリートの流入のときにも、犠牲になった人が人柱になっていると言われています。このため、黒部ダムは人柱で成り立っているという話が随所に出てきます。犠牲者の数が人柱の数とさえ言われています。
黒部ダム完成後の水平歩道の役割
人柱の上に成り立っているとまで言われている黒部ダムの開発ですが、今でも、日電歩道尾や水平歩道は保守管理のために利用されています。ダム建設の条件として、日電歩道や水平歩道を一般の登山者のも解放することが義務付けられています。
冬の間は雪に閉ざされ、雪崩や崩落によって、水平歩道はかなりの損壊を受けます。そのため、関西電力が毎年多額の費用をかけて日電歩道と水平歩道の整備をしています。
黒部峡谷の水平歩道と日電歩道
黒部峡谷のうち、欅平から仙人谷までの歩道を水平歩道、仙人谷から黒部ダムまでの歩道を日電歩道と呼び、黒部峡谷の下ノ廊下と呼ばれる場所の登山ルートになっています。
日電歩道
日電歩道は、仙人谷ダムから黒部ダムまで黒部川沿いに続いています。黒部渓谷の上流の下ノ廊下と呼ばれている場所です。このルートは、上級者向けのルートで、途中にはS字峡や十字峡などの絶景スポットがあります。水力発電所の建設調査のために日本電力(日電)が最初に歩道を付けたために、日電歩道と名付けられています。
黒部峡谷水平歩道のルート
欅平から水平歩道を辿っていくルートで案内します。事故にはくれぐれも注意してください。特に、天候の悪いときに足を滑らす事故が多発しています。人柱になってしまわないようにしましょう。
欅平へのアクセス
欅平へは、宇奈月温泉から黒部峡谷鉄道のトロッコ電車に乗ります。黒部川の電源開発のために敷かれた鉄道で、現在は観光列車として黒部峡谷沿いに欅平まで乗車できます。黒部峡谷の大自然を楽しめるとあって、観光客にも人気の鉄道です。特に、水平歩道の開通期間と重なる紅葉の時期は多くの人で予約も取りにくくなります。
欅平から阿曽原温泉へ
欅平からいよいよ登山のはじまりです。欅平から阿曽原温泉までは、約5時間です。まずは、しじみ坂を登ります。ちょっと急な登りで約350m標高を上げます。ほどなく、「水平歩道始・終点」という標識がある場所に出ます。
この先から水平歩道が始まります。水平歩道は登ったり下ったりすることがあまり有りません。こんな道を人間が作ったと思うと人間の偉業と苦労を感じます。人柱とともに成り立っている道というのが良く分かると思います。
圧倒的な奥鐘山の岩壁
志合谷まで来ると、谷の向こうに奥鐘山の西壁を間近に見ることができます。オーバーハングの連続の岩壁を眺めながら、泡雪崩の事故のことを考えると、自然の迫力を感じるはずです。途中にはトンネルが数か所あります。真っ暗で天井も低いです。ヘッドライトなしには通れません。
コースタイム
欅平から阿曽原温泉小屋までの、大まかなコースタイムは次のとおりです。
欅平~(約50分)~水平歩道始・終点の標識~(約40分)~蜆谷トンネル~(約30分)~志合谷~(約30分)~大太鼓~(約30分)~オリオ谷~(約30分)~折尾ノ大滝~(約70分)~阿曽原温泉小屋
水平歩道のトンネル
オリオ谷と志合谷にトンネルがあります。トンネルの中は真っ暗ですので、ヘッドライトを準備してから進んでください。仕合谷のトンネルは天井が低く、足下に気を取られていると頭をぶつけてしまいます。注意しながら進んでください。
手を離せば崖下
すれ違いができるのかと思うような道が続きます。山側に張られたワイヤーで身体を支えながら通る場所もあります。丸太を組んだ下は、100m先の黒部峡谷までまっしぐらにような場所もあります。
黒部峡谷水平歩道の開通時期
水平歩道の開通時期は毎年9月下旬です。通れる時期は雪の閉ざされる前の10月中旬ぐらいまでです。関西電力が多くの費用をかけて整備しています。一旦開通しても、崩落や台風などの災害のため通行できない時期もあります。
開通は通行できるようになっただけのものであり、安全に通行できますというものではありません。落石や崩落の危険が常にある道で、関西電力は通行に対して個人の責任に置いて行うものとし、安全の保障はしないといっています。
黒部峡谷水平歩道での事故
水平歩道では毎年必ず死亡事故が起こっています。険しい崖をくり抜いた登山道ですので、転落すると助ける術がありません。救助隊も同じルートをたどって来るので、すぐには到着しません。黒部ダムのの建設で多くの人が亡くなり人柱になった場所です。天候にも注意を払い入山してください。
黒部で怪我はしない
2018年のシーズンも転落事故が発生しています。黒部では怪我はしないと言われています。つまり、怪我で済んで戻ってくることはなく、転落事故は死を意味しています。
富山県警上市署は21日、同県立山町の北アルプスを流れる黒部川の下ノ廊下(標高約千メートル)で沢沿いに倒れているのが見つかり、その後死亡が確認された男性を千葉県柏市増尾台、会社員、村田勝彦さん(56)と確認したと明らかにした。死因は外傷性血気胸。署は登山道から約100メートル滑落したとみている。 同署によると、村田さんは20日に長野県大町市から入山し、1泊22日の予定で下ノ廊下を訪れていた。 女性登山者が登山道を歩行中、岩が崩れる音と男性の声を聞き、のぞき込むと村田さんが倒れていた。富山県のヘリコプターで救出されたが、病院で死亡が確認された。
黒部峡谷水平歩道を歩く心構え
水平歩道は危険と隣り合わせということを忘れないでください。絶景を楽し見たいという思いはわかりますが、安易な気持ちで挑むと命取りになります。荷物も最小限にしましょう。ザックの外に物を引っ掛けるのも禁物です。
登山では、ダブルストックは普通のスタイルですが、水平歩道を通行する場合は、このダブルストックが命取りになる場合があります。ダブルストックで手が塞がれていると、バランスを崩したときに、山側に張られたワイヤーを掴めずに転落してしまうケースがあります。ストックの使い方もよく考えてください。
装備や技術
特別な技術が必要という場所はありません。狭い断崖絶壁の道を歩きます。絶えず注意しながらの集中力が必要です。装備としては、落石や転落はもちろんですが、狭いトンネルで頭をぶつけることも考えてヘルメットは持って行ってください。
志合谷などで、真っ暗なトンネルを通行しますので、ヘッドライトが必要です。荷物は少なくします。大きなザックは引っ掛ける恐れがあります。ストックは邪魔になるかも知れません。
黒部峡谷水平歩道のルート上の山小屋
欅平から水平歩道を通って、ほっと一息つける場所が阿曽原温泉小屋です。水平歩道唯一の山小屋で、建物は阿曽原谷にあります。豪雪地帯で雪崩の巣であるため、プレハブ造りです。
10月下旬で営業を終了し解体します。水平歩道や日電歩道が開通する秋の時期が一番混雑します。収容人数は50人です。テント場が併設されていて、30張のテントが張れます。
阿曽原温泉小屋から先
阿曽原温泉からさきは、その先も黒部峡谷を遡り黒部ダムを目指すこともできますし、仙人池で裏剱の絶景を目指すこともできます。
日電歩道で黒部ダムへ
そのまま、黒部峡谷の断崖に作られた道を進みま、黒部ダムを目指すルートです。水平歩道と同じく9月下旬にならないと通行できません。途中には、十字峡やS字峡などの景勝地があります。水平歩道での緊張感を維持したままの登山になります。
仙人池方面
仙人ダムから雲切新道を通って仙人池を目指します。剱岳は人気の山で紅葉シーズンも混雑していますが、裏剱まで来ると人の数は減ります。三ノ窓や八ツ峰など剱岳の姿が池に映り、紅葉とともに見るその姿はとても美しいです。
まとめ
開通時期の限られている水平歩道ですが、紅葉の素晴らしい時期と重なり、一度は行きたい場所です。ついつい無理をしてしまいがちですが、事故が起これば、谷底へ一直線です。欅平から先は逃げ道もありません。慎重に行動してください。
アルペンルートの一つの見どころです。