ブヨ対策とは
登山の途中での森林地帯で悩まされるのは、アブ、蜂、蚊やブヨに襲われる事です。 蜂はこちらから刺激しなければ襲われて刺されることは殆どありませんが、アブ、蚊やブヨは産卵前のメスが栄養源として積極的に人間等の哺乳類や時として鳥類を襲います。 その中でもブヨは小さく目に入りにくい上、薄い衣服の上からや、衣服の中に侵入して襲うので対応が厄介です。更にアブや蚊は羽音を感じますが、ブヨは音もなく、小さい為に姿も見せずに襲ってくる上に、その毒素は強く、刺された(噛まれた)症状は大きな腫れと激しい痛み・痒みを伴います。
ブヨ対策の前に、ブヨと云う昆虫とは
ブヨは関東の呼び名で関西ではブトと呼ばれる蚋(ブユ、英名blackfly)を指し、節足動物門昆虫綱ハエ目(双翅目)カ亜目ブユ科ブユ類の総称です。 人間を含む哺乳類を刺すのではなく噛んで吸血するので害虫とされています。世界的には1,450種余り、国内だけでも70種類が生息しています。 人間などの哺乳類を襲うブヨでは、ブユ亜科のアシマダラブユとオオブユ亜科のキアシオオブユ等が多く見られますが、その他にもブユ亜科のツメトゲブユ、アオキツメトゲブユ、ニッポンヤマブユやオオブユ亜科のオオブユ等が挙げられます。
ブヨの体形的特徴
大きさは2ミリから7ミリほどで黒から黒褐色で黄白毛があり、丸っぽく、複眼は大きく、オスでは両眼が接近し、メスでは離れています。 単眼は欠けて失われています。触角は短く9から11節からなり、ほぼ同じ大きさで数珠の様に並んでいます。 翅は体に比べて大きく、幅が広くて透明なものが多く見られます。 翅脈は前縁では太く、後縁へと細く成り、放射状に広がって居ます。 脚は体長に比して太くて短く、黒色をしており各節基部に黄白紋があります。
ブヨ対策するには活動する季節と時間帯を知る
ブヨは雪さえ積もって居なければ飛び回りますが、特に活発になるのは春から夏にかけての3月から10月が中心です。 日中の陽射しの強さや暑さは嫌いで湿気を好みます。 その為に朝方と夕方に群を成して多く出て来ますが、湿気があり、陽射しが弱く、暑さが穏やかな曇りや雨の日には昼間でも出て来ます。 その他、キャンプ場などでは車のエンジンをかけぱなしで冷房を入れたり、飲酒をしていたりするとブヨが寄って来るようです。
ブヨの生息域
ブヨは渓流などほとり等で雪解け後に羽化し、成虫になって水辺に卵を産みます。 その卵は10日位で孵って黒い幼虫となり、流れが速くても水草や岩面に後端の吸盤で張り付いて生育し、4週間以内でさなぎとなり7日程度で再び羽化して成虫になります。 幼虫は水質の良さを指標と成るような清流でしか生育できません。 この為、成虫と成っても渓流等の清らかな流れのある自然豊かな場所に留まり、その様な流れに近い登山道、キャンプ場、山村の集落や別荘地等の森や草原の中で生息しています。
ブヨは刺すのではなく噛む
ブヨは蚊やアブとは異なり、刺して血を吸うのではなく、あごで皮膚を噛み切って血を吸います。 事前に麻酔成分を皮膚に注入してから噛むので、噛まれた時の症状は痛みを少し感じる程度です。 噛まれた場所にはそこを中心に赤い出血点や多少の流血が見られ、水疱を伴うます。 ブヨの噛み傷は、少し念入りな消毒が必要なほど深いことにも特徴があります。
噛むのはブヨのメス
ブヨは普段は草花の蜜や果物類の果汁を摂取しています。 産卵に対してはタンパク質が不足する為に哺乳動物の血液を摂取して補給して居ます。 従って、吸血する(刺すのでは無く噛む)のは産卵を控えたメスだけで、これはカやアブ等と共通しています。 吸血しない種類も多く居ますので、ブヨが吸血する害虫であるという意識では無く、ブヨの棲む清流域に自分の方が侵入しているとの意識を持って持って、ブヨと上手く付き合って行く対策して行く気持ちが大切だと思います。
登山中でのブヨ被害
国内の山岳地帯の川の流れは殆どが清澄な水の流れる渓流である為に山道に入って、樹林限界の上に出るまでの、森の中は殆どがブヨ被害に遭う場所と成ります。 ブヨは清流からせいぜい100メートル程度の場所に生息するとされています。 一般的に登山道があるのは川の上流域であり、そこでは川は支流に分かれてお互いの距離が200メートルを超えることは稀です。 この為、樹林限界以下の全ての登山道でブヨ被害は避けられません。 また、北海道ではクマも逃げ出すと云われるコヌカと呼ばれる小さく毒素の強いブヨが樹林限界を超えたハエマツ地帯にも居ます。
登山中のブヨとの接触の実際
春から夏にかけての登山にはハイキング程度の軽装から冬登山に備えた重装備のものまであります。 4、5十年前までは登山道が整備されて無く、山小屋も無い山岳では冬期の縦走に備えたボッカの必要であり、その様な重装備の登山ではブヨに噛まれることは避けられず、夕方のキャンプ地では「おかめ」や「ひょっとこ」の様になった互いの顔を笑いあった記憶があります。 ブヨ対策に関する記述にはありませんが、ブヨに噛まれているうちにブヨの毒素への免疫が出来ていたようです。ただ、それは屈強の若い時代の経験であり、一般的にはブヨ対策を十分に行う必要があります。
ブヨ対策に必要な噛まれ無い為の服装対策
ブヨ対策としては肌を露出させずに刺されたり、噛まれたりしないないことが第一であり、その為には通常の登山服(長袖と長ズボン)に軍手などをはめ、足元にシュパッツ(脚絆)を付け、登山帽には虫除けネットを取り付けます。 柔軟剤の良い香りする衣服、黒や紺などの暗い色の衣服や雨合羽には寄って来ますが、黄色やオレンジなどの明るい色の衣服や雨合羽には比較的寄ってこないと云われています。 問題はブヨ対策としてこの格好をして登山すれば、暑くなりますし、景色も十分見られなくなりますので、ブヨの湧いている場所を出たらすぐに脱げるような工夫も必要です。
防虫対策ネット
防虫ネットは今では使われ無く成った蚊帳と同じ原理で、虫の入り込めない目の細かいネットで体を覆う為のものです。 通常は養蜂家とか蜂退治の専門家が使用しています。 そこまで本格的な防虫ネットでは無くても、ホームセンターなどでも防虫ネットをひさしに格納した中国製の帽子や園芸や農業用品の中に害虫除け、遮光等さまざまな用途のネットが売られて居り、組み合わせて使えば、比較的安価にそれなりの防虫ネットと成ります。 問題は視界が妨げられ、暑くもなりますから、決して快適な服装とは言えず、着脱が簡便と成るような工夫が必要です。
防虫対策スプレー
ムヒ等の虫よけスプレーも刺されたり噛まれたりするのを防ぐ効果あり襟元や袖口等の露出部に噴霧しておく良いでしょう。 また、ブヨが臭いを嫌うハッカ油の水溶液などブヨ専用の虫よけスプレーも市販されています。 いずれも蒸発しやすく長い効果は期待できません。 手間ではありますが、アブが湧いて来たらその都度スプレーで噴霧しておきましょう。 登山やハイキング等の場合、スズメバチの襲来に備えて殺虫スプレーを携帯しますが、殺虫スプレーでもアブが湧くように群がって来た場合には十分に対抗出来ます。 流用では蚊取り線香やエアーサロンパスのスプレーも有効との説もあります。
ブヨ対策用ハッカ油スプレーの作り方
ハッカ油の水溶液は自分でも用意できます。 エタノールを5ccにハッカ油を2から3滴垂らしてから水25ccと混ぜます。 油は水に溶けないのでハッカ油を溶解する為にエタノールを混ぜます。 エタノールは無水のものは酒税等の問題があり、値段も高いので一般的には消毒用エタノールが使われます。 水は清澄であれば水道水でも問題ありません。 混ぜ合わせた溶液はスプレーし易い様に100円ショップなどで売っている小型のスプレー容器に詰めて使います。なお、ハッカ油の量は好みによって調整して下さい。
ハッカ油とエタノール(防虫対策用)
ハッカ油はハッカ草(ミント)を抽出して1~2パーセントが取れる貴重な油です。 ハッカの主成分はメントールやカルボンであり、ハッカは清涼感等のくつろぎ感効果の他に炎症の沈静化、痒み止め、アロマ等に使われる他に殺菌、虫よけや消臭剤としても使われています。 エタノールは酒精とも呼ばれ酒類の主成分です。 無水エタノールには殺菌作用はありませんが、水で薄めると殺菌作用が生じるので消毒用エタノールとして調整されています。 エタノールは水にも油にも融ける性質があり、エタノールの消毒効果と合わせてエタノールはハッカ油を水と混ぜるには最も適しています。
ブヨ被害の症状
ブヨは吸血する際に唾液腺から毒性のある物質を肌から注入します。 噛まれて一日も経つと、噛まれた患部は2から3倍に腫れ上がり、激しい痒みを伴いますが、1から2週間で収まります。 ただ、人によっては疼く様な痛みや発熱が現われることもあり、慢性的な痒疹となったり、併発したリンパ管やリンパ節等のリンパ系統の炎症で呼吸困難になったりする場合もあるとされています。 歩くことも困難になる場合もあり、アレルギーのある人は対処が特に注意が必要です。
ブヨの毒性
ブヨに噛まれた後に出てくる激しい痒みは、ブヨの唾液腺物質が人体に引き起こすアレルギー反応です。 この物質は、蚊に比べて強い毒素を持ち激しい痒みと水疱等の症状が出ます。 人によっては、「アナフィラキシーショック」を引き起こし生命の危険に陥る場合もあります。 この物質は「アレルゲン」あるいは「酵素毒」と呼ばれ、タンパク質や糖タンパクである事が多く、人体にあるタンパク質とは異なるため、排除する為の抗体が生成されてアレルギー症状の原因物質となります。
アナフィラキシーショック
アナフィラキシーショックとは微量のアレルゲンが引き起こすアナフィラキシー反応であり、血圧低下、じんましん、呼吸困難などの症状が出る可能性があり、場合によっては死に至ることも有ります。 1日から2日後に赤い斑点や水疱等のアレルギー反応が出た場合、更に他の虫に刺されても重症化する可能性があり、対処としては医師の診察を受けるべきでしょう。 アナフィラキシーの症状は哺乳類だけが持って居る糖たんぱく質免疫グロブリンEと他のアナフィラトキシンの反応が関わっているとされている。
ポイズンリムーバー等のエクストラクター
噛まれた後の対処として、ブヨの毒を肌の外に出すことが素早く出来れば、痒みと痛みは相当に減らすことが出来ます。 傷口を摘まんで絞り出したり、口で吸出したりする対処はお薦め出来ません。 筒状のものの先を肌としっかり密着させて吸い出したり、温灸を使ったりする対処方法もありますが、エクストラクターとして注射器状のポイズンリムーバー等が商品として2,000円前後で発売されています。 エクストラクターを使えば、しっかりと吸い出せて力もいりません。
熱による酵素毒の中和
ブヨの酵素毒は熱に弱いので、エクストラクターで吸い出した傷口に43℃以上のお湯に30分位浸したり、かけたりすると中和(炎症を抑える)する対処ができます。 傷口の清潔さを保つためには清潔なタオルを用意して軽く拭いた後にお湯をかける対処がお薦めできます。 登山では非常用に白金カイロやホッカイロを持参されている筈なので、これ等を使って傷口を温めることも酵素毒の中和には有効です。 傷口は痒みがあるので、温める一方で痒みや痛みを取る為に冷やすことも必要なので、冷やしたり温めたりを繰り返す対処をすることになります。
塗り薬
傷口には抗ヒスタミン剤とステロイド剤の入った薬(「ムヒ軟膏」等)を塗っておく対処も効果があります。 痒いので患部を搔くと腫れが引かないばかりか、2次感染の原因にもなり治癒したあともシミとして残ってしまうので患部を触ってはいけません。 包帯等で被っておくのも良いでしょう。 また、腫れた患部には湿布や保冷材も有効です。 しかし、噛み跡が多かったり、症状がひどかったり、痒みを緩和させ早く治したりする為には皮膚科医師の診療を受けるべきです。
まとめ
ブヨの対策として先ずは噛まれないことです。 物理的に防虫ネットや肌を露出しないことに加えて、化学的に防虫スプレー等を噴霧する方法があります。 それでもブヨに噛まれた場合には先ずはポイズンリムーバー等で毒素を取り除き、次に毒素を中和する為に温めると同時に痒みをやわげる為に冷やします。 その後、抗ヒスタミン剤とステロイド剤を塗って対処治療します。 その後は腫れが引き、痛みと痒みが取れるのを1から2週間くらい待ちます。 無意識でも掻き毟って2次感染を引き起こさないような注意も必要です。 また、症状が重いようであれば皮膚科の医師の診療を受けましょう。 ブヨは清流域にしか生息していませんので、豊かな自然を楽しむための障害の1つですが、ブヨに対して適切に対応することで登山の楽しみを阻害されることの無いようにしましょう。