誰でも起こり得る登山の遭難
登山を楽しむ方にとって、遭難のリスクはつきものです。山で遭難にあうと、生命に関わる危険な状況に陥り、自力で下山することが難しくなり、誰かの助けが必要となります。 登山はとても楽しいものですが、ひとたび遭難にあうと、一転して悲劇的な状況となってしまいます。楽しい登山をずっと続けるために、山は危険と隣り合わせであることを認識し、遭難に対する注意点と対処法をしっかり学んでおきましょう。
登山の遭難原因は?
登山の遭難は、どうして起こるのでしょうか? 警察庁の発表によると、2016年の山岳遭難者は、合計2,929人おり、死亡・行方不明は10.9%、負傷者は38.7%、無事救出者は50.4%とのことです。 遭難原因は、割合の多い順に、以下のようになっています。それぞれ、どのような状況で遭難に至るのか、説明します。
1位 道迷い:38.1%
遭難の原因として、圧倒的に多いのが道迷いです。 登山での道迷いは、特に1,000m以下の低山や里山で起きやすい傾向にあります。低山では、林業の作業路や、登山愛好家によって開拓された独自のルート、または鹿がよく歩くルートなど、一般登山道には様々なルートが入り混じっています。 そのようなルートに、間違えて進入すると、しばらくして何かおかしいと気づきます。その時に引き返せばいいのですが、さらに前進してしまう方もいるでしょう。すると、やがて急斜面や沢の滝などに遭遇し、進退窮まってしまいます。その時には、元の場所に戻ろうにも、かなり進んでしまっているし、道も分からなくなってパニックに陥るでしょう。 このようにして、一度ルートを外れるだけで、容易に道迷いによる遭難は起きてしまいます。
2位 滑落:17.0%
登山道は、急峻な斜面、崖と隣り合わせの登山道、雪山の急斜面など、様々な危険なルートを歩きます。そのようなルートで、不注意に足を滑らすと、滑落事故が発生してしまいます。ひとたび急斜面を滑落してしまうと、体を岩にぶつけて怪我したり、死亡事故につながったり、元の登山道へ戻るのが難しい状況に陥るでしょう。 滑落による遭難事故は、死亡事故につながりやすいので、歩行時は、特に気を付ける必要があります。
3位 転倒:16.1%
登山では岩がごろごろしたルートも歩くことがあり、そのようなルートでは、岩に足を引っかけて転倒しやすいです。 ひどい転倒のしかただと、骨折や捻挫につながってしまうので、登山では十分注意して歩行する必要があります。
4位 病気:7.8%
標高の高い山では、空気が薄くて高山病を発症するような過酷な環境で登山する場合もあります。そのとき、元々持病がある方は、病気を悪化させてしまう可能性もあり、注意が必要です。 場合によっては、動けなくなり、死亡事故につながってしまう可能性もあります。登山へ出かける際は、自分の体調をよく確認する必要があります。
5位 疲労:7.0%
登山は何時間も歩く、激しい運動なので、予想以上に疲労するものです。登りはまだよくても、下山時には動けなくなるほど疲れ、日が暮れてしまい、遭難に至るということもあります。 また、疲労によって、足元がふらふらすることで、滑落や転倒で怪我をして動けなくなったり、時には死亡事故にもつながることもあるでしょう。自身の体力を把握して、無理のないルート選びをする必要があります。
登山で遭難を起こさないために、6つの注意点!
登山で遭難しないためには、先に紹介したような遭難原因を起こさないようにする必要があります。そのためには、いくつか注意すべきことがあり、それに応じた準備と対処が必要となります。 以下に、遭難を防ぐための注意点と遭難発生時の対処法を6つにまとめました。これらのポイントをおさえ、遭難に対して万全な対策をして登山を楽しみましょう。
1.遭難の救助費用は高額!山岳保険に入っておこう
民間のヘリコプターによる遭難の救助費用は高額
もし遭難して救助を要請した場合、ヘリコプターが出動して救助に来てくれます。 ただし、注意点があって、民間のヘリコプターだと莫大な費用がかかるのです。警察や消防などの公的機関のヘリコプターだとタダですが、救助要請したときに、必ずしも公的機関のヘリが空いているとは限りません。空いていないと民間のヘリが出動することになります。 民間のヘリの場合、なんと1時間で約50万円もの費用がかかってしまうのです。救助に時間がかかってしまうと、費用も莫大になってしまいます。
山岳保険に加入しよう
そのため、いざというときのために、山岳保険に加入しておくことをおすすめします。山岳保険の保証内容には、"救援者費用"があり、これでヘリによる救助費用をまかなうことができます。その他、死亡・後遺症、入院費用などの保証も備えています。 山岳保険に加入するには、いくつか取扱先がありますが、インターネットで申し込みが行えるモンベルがおすすめです。 モンベルでは、"野外活動保険"と"山岳保険"の2種類扱っています。野外活動保険は、トレッキングやハイキングなど一般登山道を主に歩く方向けの保険です。山岳保険の方は、ピッケルやアイゼン、登攀具などを使った本格的な登山をする方向けの保険です。自身の登山スタイルに合った保険を選びましょう。
2.遭難時に対処!必要な装備を準備しよう
遭難防止と発生時に対処するための装備をリストアップしますので、事前に揃えておきましょう。これらの装備は、どんな山へ登るにも必ず携行する必要があります。 ・2万5000分の1地図、登山ルート図、コンパス、高度計つきの腕時計 現在地を把握して、登山ルートを間違えていないか確認するのに使います。これには、登山用GPSでも代用可能です。 ・ツェルト 遭難時に、夜を明かすために、簡易テントとして使います。ポールや周辺の木を使って設営するか、体全体にかぶって、悪天候による風雨を避けます。体を覆うだけなら、ツェルトの代わりにエマージェンシーシートでも構いません。 ・笛 動けなくなったときに、自分の居場所を知らせるために使います。遭難時、もし近くに登山道があったら、他の登山者に自分の存在を知らせることができます。 ・包帯、テープ 転倒などで怪我したときの応急処置のために、包帯とテープを持参しておきましょう。
3.道迷い遭難を防ぐ!地図を読めるようにしておこう
遭難原因として最も割合の多い、道迷いを防ぐには、現在地を把握できるようにしておく必要があります。自分が歩くルート上で、どこを歩いているか常に把握していると、道迷いは起きません。 現在地を把握するためには、地図を読めるようにしておく必要があります。地図とコンパスを駆使して、周辺の地形や高度から判断します。あまり地図読み(読図)の経験がない初心者の方にとって、これはなかなか難しいもので、ある程度練習が必要でしょう。
読図の練習をするには、以下の本がおすすめです。非常に分かりやすく、読図の方法を説明しており、その内容を登山中に何度も実践することで、確実に読図を習得できます。読図を習得できると、道迷いを防げるし、もし迷ったとしても、パニックに陥らず、落ち着いて対処できるでしょう。
登山用GPSの活用もおすすめ
少しお金がかかりますが、地図とコンパスによる読図の代わりに、登山用GPSを使ってもよいでしょう。登山用GPSだと、簡単に現在地を把握でき、道に迷っていないか確認することができます。また、迷った場合にどちらへ向かえば、元のルートへ復帰できるか、容易に知ることができて非常に便利です。 ただし、GPSは電池に寿命があるため、電池の替えを持っていきましょう。また、万が一使えなくなったときのために、念のため地図とコンパスも携行しましょう。
4.登山出発前の注意点
4-1.体力や時間に無理のないルート選びをしよう
自分の体力以上の、コースタイムが長い登山ルートだと、想定以上に時間がかかって疲れてしまいます。すると、疲れによる転倒事故が発生したり、日が暮れないうちに下山できないなどのリスクが発生します。 日ごろの登山から、登山地図のコースタイムに対して自分がどれくらいのスピードで歩けるのか把握しておき、無理のないルート選びをしましょう。
4-2.万が一のために!登山計画書(入山届)を作成しよう
登山の際は毎回、登山計画書(入山届)を作成して、登山口に設置してあるポストか、登山口に近い警察署に提出しましょう。登山計画書を出してくおくと、万が一遭難した際に、捜索や救助を迅速に行うことができます。また、計画書を作成することで、自分が歩く予定のルートについて理解が深めて整理ができるので、作成する行為自体が遭難防止につながります。 登山計画書に記載する内容は、主に以下の内容です。 ・登山者の名前、住所、電話、性別、生年月日など ・登山ルート ・エスケープルート ・携行品 エスケープルートは、疲労や怪我などで、予定より早く下山する場合に使うルートのことです。事前に登山地図でよく検討しておきましょう。 登山計画書のフォーマットは、インターネットからダウンロードできます。例えば以下のようなサイトからダウンロードできます。
4-3.天候をよく確認しよう
登山は天候によって、その困難さが大きく変わります。山では、下界よりも雨や風が強くなりやすく、歩行が非常に困難になります。悪天候の登山は、遭難を起こす確率を高めるでしょう。 山へ行く前は、必ず天気予報を確認しましょう。注意すべきなのは、天気予報は下界の予報であって、実際の山では、予報よりも天候が悪い傾向にあります。曇り予報でも、実際に山へ登ると、天候は雨だった、というのはよくあります。そのため、天気予報を確認して、登る予定のエリアで少しでも雨が降りそうな予報だったら、中止または延期することをおすすめします。 また、天候の変化にも気を配りましょう。予報では良かったのに、山に入った途端の急な天候悪化はよくあります。そんな時は無理せず、撤退を検討しましょう。
5.登山中の注意点
5-1.現在地をこまめに確認する
登山中は、道迷いを防ぐため、事前に決めた登山ルートに対して、間違ったルートを歩いていないか、確認する必要があります。 "3.道迷いを防ぐ!地図を読めるようにしておこう"で説明したように、現在地が登山ルートから外れていないかこまめに確認しましょう。特に、ルートが分岐する場合などは、面倒でも立ち止まって、地図とコンパスを使って、よく確認する必要があります。自分の思い込みで進むのは、間違いのもとだと認識しておきましょう。
5-2.おかしいと思ったら引き返す
山を歩いていると、急に藪(ヤブ)が多くなったり、斜面が急になったりして、"あれ、おかしいなあ・・"と感じることがあると思います。そのようなときは、道を間違えていることが多く、すぐに正しいルートまで引き返しましょう。 歩いた道を引き返すのは億劫に感じますが、決して、パニックになって、先へ先へと進むことがないようにしましょう。おかしいと感じたまま先に進むと、崖や沢にぶつかって進退窮まり、さらにパニックに陥り遭難する、という結末になりかねません。
5-3.水を多めに持っていこう
登山では、水がとても大切です。遭難したときに、水だけあれば2週間は生き延びることができるでしょう。逆に、なければ脱水症状で命の危険にさらされます。 水を持ち運ぶのは重くて大変ですが、万が一のときの水を確保するため、気持ち多めに持ち歩くようにしましょう。
5-4.単独の登山はできるだけ避けよう
登山はできるだけ複数人で行くようにしましょう。複数人だと、怪我をしたときや病気の発症時に、メンバーの誰かが助けを呼ぶことができます。単独だと遭難時に助けを呼ぶことができず、死亡に至る可能性が高まります。 ただし、複数人で行く場合は、リーダーに頼りすぎず、各メンバーは自分の装備や持ち物を管理し、歩くルートもしっかり把握したうえで登山するようにしましょう。
6.遭難したときの対処法
6-1.パニックにならないようにする
道迷いなどで遭難したと分かったときは、パニックに陥ります。パニックになると、さらに下山ルートを探そうと、焦って歩き回り、体力を消耗し、状況を悪化させてしまうでしょう。 パニックにならないようにするのは難しいでしょうが、遭難したとわかったら、ひとまず立ち止まって腰をおろして落ち着き、その後の対処法を整理しましょう。
6-2.救助を要請する
遭難したと認識し、自力で下山するのが難しいと判断したら、警察や消防に救助を要請します。 救助要請するには、携帯電話がつながる場所で、110番します。つながらない場合は、体を動かせるなら、尾根伝いに登って、電波が届く場所を探しましょう。また、このようなときのために、携帯電話は、登山中はできるだけ充電を消耗しないよう、電源を切っておきましょう。 携帯電話がつながる見込みがない場合は、同行者や近くを歩く登山者に、助けを呼んでもらうようお願いしましょう。
携帯電話もつながらないし、同行者もおらず、体をあまり動かせない状況では、じっと待つしかなく、救助も呼べません。そうなると、死亡事故につながりかねません。事前の準備や対処で、できるだけこのような状況にならないよう注意しましょう。
6-3.尾根を登る
下山するとき、道迷いによって遭難した場合、沢の方へ下らず、尾根を目指すようにしましょう。沢には急な滝があり、それを下るには滑落事故を発生させる危険が高いです。下山を焦って、沢を下るようなことはせず、一度落ち着いて尾根に上がるようにしましょう。 尾根を登ると、頂上を目指すことになるので、いずれ頂上付近の登山道と合流できるでしょう。
6-4.夜はビバークする
遭難したら夜はビバーク(野営)する必要があります。ビバークは、できるだけ平らで安全な場所を探し、ツェルトを張るか、ツェルトにくるまるかして、雨風をしのぎます。 地面からの冷気を防ぐため、ザックの上に腰をおろすとよいでしょう。また、山の夜はかなり冷え込むので、あるだけの服を着こみましょう。
まとめ
登山の遭難原因と、遭難を起こさないための注意点や遭難時の対処法を6つにまとめて紹介しました。 遭難は、山に登る限り、いつでも誰でも隣り合わせのリスクです。登山を楽しく長く続けるため、遭難を起こさないよう事前準備をしっかり行い、登山中も、常に遭難の危険を意識しながら歩行するようにしましょう。
コンパス、2万5000分の1地図、登山ルート図です。