九七式中戦車「チハ」は弱い?陸軍での活躍や海外の反応をご紹介!のイメージ

九七式中戦車「チハ」は弱い?陸軍での活躍や海外の反応をご紹介!

第二次世界大戦において、日本の主力戦車は「九七式中戦車チハ」でした。このチハは、今現在では弱い戦車の代名詞とも言うべき扱いを受けているのです。今回は、そんなチハの実際の活躍や海外での反応などをまとめていきたいと思います。

2019年07月17日更新

木下雄太
木下雄太
フリーライタの木下雄太と申します。 よろしくお願いします。
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目次

  1. 日本陸軍の九七式中戦車チハは弱い?
  2. 日本陸軍のチハは弱い?陸軍での活躍①
  3. 日本陸軍のチハは弱い?陸軍での活躍②
  4. 日本陸軍のチハは弱い?陸軍での活躍③
  5. 日本陸軍の九七式中戦車チハの特徴とは
  6. 日本陸軍の九七式中戦車チハの特徴①
  7. 日本陸軍の九七式中戦車チハの特徴②
  8. 日本陸軍の九七式中戦車チハの特徴③
  9. 日本陸軍の九七式中戦車チハ海外の反応は?
  10. 日本陸軍の九七式中戦車チハの海外の反応①
  11. 日本陸軍の九七式中戦車チハの海外の反応②
  12. 日本陸軍の九七式中戦車チハの海外の反応③
  13. 日本陸軍の九七式中戦車チハのグッズを2選
  14. 日本陸軍の九七式中戦車チハのグッズ①
  15. 日本陸軍の九七式中戦車チハのグッズ②
  16. 日本陸軍の九七式中戦車チハのまとめ

日本陸軍の九七式中戦車チハは弱い?

ガールズ&パンツァー劇場版でもおなじみ、通称チハたんこと九七式中戦車チハは「弱い戦車」の代名詞といっても過言ではないほどの知名度を誇っています。それが名誉ではないということは、誰が見てもわかりますよね。しかし実際のところ、このチハは本当に弱い戦車だったのでしょうか。チハは戦車があまり詳しくない人でも「弱い戦車」としてなんとなく知っているという人が居るほどですが、チハの戦史を振り返ってみると意外な事実が多いのです。

弱いと言われ続け別名「ブリキの棺桶」

チハは、その撃破数(撃破「された」数のことを指します)の多さなどから「ブリキの棺桶」とまで呼ばれておりなかなかかわいそうな戦車です。実際、第二次大戦末期になると陸軍特有の無茶な戦法ともあいまって「陸の特攻兵器」とでも言わんばかりの勢いで突っ込んではシャーマンなどの海外戦車に撃破されてしまいます。

日本陸軍のチハは弱い?陸軍での活躍①

弱いどころか撃破数が凄まじかったノモンハン事変

チハの初陣は、いわゆるノモンハン事変の時です。ノモンハン事変は1939年の5月から9月にかけて満州国とモンゴルの国境で発生した紛争を指します。表向きは満州国軍とモンゴル人民軍の間の軍事衝突ですが、大日本帝国は満州の、ソビエトはモンゴルの後ろ盾であったため次第に日本とソビエトの軍事衝突に変質していきます。このときに活躍したのが、チハなのです。ソビエトは戦車を400輌以上投入していましたが、日本はわずか92輌です。それでも大勝してしまいます。

弱いスペックが環境に適した

チハは薄い装甲で知られますがこれにより軽量化が実現し、最高時速38㎞ものスピードを誇ります。そして中戦車と名称付けていますが比較的小さいので小回りも効くのです。つまりチハは、機動性に優れた戦車でした。更に言うと、当時のソビエトもそんなに厚い装甲をもった戦車が無かったのです。つまり、スペックの弱さから実現した足が速さ分、チハの方が圧倒的に有利だったといえます。なので、戦力差4倍以上であったにもかかわらず、チハが大勝してしまったわけです。

日本陸軍のチハは弱い?陸軍での活躍②

弱いといえない機動力

先述でのノモンハン事変で証明されたように、チハは機動力に優れた戦車でした。戦車が早く動けるということは、それだけ歩兵を支援できることを意味します。たとえば歩兵用トラップの地雷を早く除去できたり、ブービートラップをつぶしたりできるという点です。これが早くできるということは、兵士の命を守りつつ戦場をいち早く支配できることを意味します。当時としては、速い戦車というのはまだ珍しかったという現実があるので、相手は相当脅威に感じたことでしょう。

速い戦車に恐怖の反応を示す兵士達

戦車は、歩兵の命を守るだけでなく当然ながら敵の歩兵を撃破するのに優れた兵器です。目の前に銃が効かない、手投弾も通じない、更に大砲を持った兵器が現れたら絶望しかありません。しかもそれが自動車程度のスピードで迫ってくるわけですから、兵士たちはかなりの恐怖を感じたことがわかります。当時の戦車はまだ、歩兵の盾としての役割が大きかったため、戦車で戦場を支配するという考えもまだ無かったのだといえます。なので、チハは登場時において脅威の兵器だったのです。

日本陸軍のチハは弱い?陸軍での活躍③

ビルマ戦でも弱いとは言えない活躍

しかし第二次世界大戦終盤になると、チハの実力は他国の戦車に比べてかなり劣ったものになっていきブリキの棺桶と化していきます。なぜこんなに差が生まれたのかというと、日本は島国で資源も乏しい技術立国だったからです。資源が多いと、戦況からあがってくる情報を元にどんどん開発を進めることができます。しかし資源がないと事前の開発がすべてになるので開発が後手にまわり、スペック差が広がるのです。それでも、1942年1月から始まったビルマ戦では大きな活躍を見せます。

弱いとされたチハのジャイアントキリング

第二次大戦末期になるとスペックは大きく差が生まれ、2キロ先の戦車から打たれた砲弾によりチハが撃破されるというほどになります。そのため、このときのチハによる戦術は劇場版ガールズ&パンツァーでも見られたような「待ち伏せ」で、ビルマ戦においてM3戦車はおろか、次世代戦車であるM4戦車の撃破に成功します。機動力をうたった戦車が待ち伏せ戦略をとるというのは本末転倒ですが、これはたまたまなのか施されていた迷彩がベトナム戦争にも使用された「ダックカモ」に近かったので発見されにくかったのではないかと思われます。

日本陸軍の九七式中戦車チハの特徴とは

次に、チハ特徴について見ていきましょう。チハは先ほども書いたように、実は登場時は最新兵器としてなかなか恐れられていた戦車なのです。問題なのは、技術開発がことごとく後手に回ってしまったという点で、チハ自体が失敗兵器というわけではないのです。戦車に少し詳しい人でも、チハと聞くと「弱い戦車」と決め付けてしまう傾向にあるのが悲しいところではありますが、チハという戦車のことを知っていただければうれしいです。

特徴から見るチハの現実

チハの特徴を見ていくと、実は特定の戦場には非常に有利な戦車であったことが伺えます。しかし戦車を語る上では、特に第二次大戦時の戦車を論議する際はスペックが第一という傾向にあり、戦場と戦車の相性についてはあまり触れられないのが現実です。ですので、チハの特徴を見ていくと実は大勝したノモンハン事変の戦場との相性が抜群に良かったが故に大きな戦力差をひっくり返すことができたのだといえます。逆に、その成功体験を引きずってしまったが故に後の「ブリキの棺桶」になってしまうわけです。

日本陸軍の九七式中戦車チハの特徴①

弱いとされる理由でもある薄さ

チハをブリキの棺桶と言わしめる特徴といえば、その装甲の薄さがあります。後に増加装甲を施されるという歴史的事実があるので、それだけを見ると「じゃあ弱くないではないか」と感じますが、その増加装甲すら不十分で戦車の砲弾一発で大炎上してしまうという現実があり、これがきっかけでブリキの棺桶という名称が広まりました。増加装甲をしてもこの弱さなら、確かにブリキの棺桶と呼ばれても仕方が無いかもしれません。しかし、薄いということはそれだけ軽いということを意味します。

それ故に軽い

軽いということは早く動かせるわけなので何も悪いことばかりではないのです。増加装甲を施してもなお薄いということは、増加装甲後も速く走れるわけなのですが、他のスペック差がひどすぎたためにいくら速くても意味が無かったのです。砲弾一発で撃破されるのであれば、そもそも増加装甲の意味がありませんからね。陸の特攻機、ブリキの棺桶と呼ばれるのも頷けます。しかしこの軽さは実は今でも受け継がれており、日本の主力戦車はアルミ合金出てきているので軽く、理論上はパラシュート降下も可能といわれています。

日本陸軍の九七式中戦車チハの特徴②

燃費の良さ

増加装甲後にも軽かったという点意外に、チハは燃費のよさも利点として挙げられます。チハは燃費が良いかというとディーゼルエンジンを採用しており、軽油で動くのです。ブリキの棺桶なんていわれてますが、ある意味では「軽戦車」と呼ぶ人も居ます。もしかしたら燃費踏まえて増加装甲後も軽いように作られたのかもしれませんね。しかし、燃費が良いといっても増加装甲までしたのに一発の砲弾で撃破されてしまうブリキの棺桶では意味がありません。軽く燃費が良い車はありがたいですが、戦車でそれを実現するとブリキの棺桶と化すのです。

海外では見かけないディーゼルエンジンの戦車

増加装甲等の改良は、ブリキの棺桶とも呼ばれるチハ以外の海外戦車でも行われる定番の改良です。増加装甲の改良により、被弾しても乗組員の命を守ることができる可能性があるためです。しかし、増加装甲はしてもチハのように軽油で動かすことができるような設計の戦車や改良された戦車は無いといえます。なぜかというと他国は資源が豊富で、燃費をそこまで気にする必要が無かったためです。日本はそれだけ資源に乏しかったわけですが、その燃費の良さを実現した技術が、今の自動車開発に生かされているわけですからありがたい話ですよね。

日本陸軍の九七式中戦車チハの特徴③

車体が小さい

そして、チハは車体が小さいという特徴があります。車体が小さいとそれだけ耐久度も下がるので、当然のことながら撃破されやすくなってしまいます。この撃破のされやすさもまたチハが弱いといわれる点でしょう。実際には、チハ自身も他の戦車の撃破という点ではかなり貢献はしていますが、破壊されやすいというのはやはり悲しいです。ですが、先述のようにチハの特徴に合わせた戦術を用いることで大勝したことがあるのも事実なので、その点も押さえておきたいですね。      

後の戦車戦術との相性

チハが他の強い戦車を撃破できた理由は、戦術とこれまでに上げた特徴が上手く合致したからだといえます。当初はスピードに任せた戦略でしたが、それができなくなると車体の小ささを生かし、物陰にひっそりと隠れて油断したところを攻撃するというスタイルに代わっていったのです。これが、すばやく動くことができ、車体も小さく、そして燃費が良いのである程度の長距離移動も可能というチハのすべての特徴と合致したのです。もし、もっと早くこの戦術に切り替えていたら撃破率も上がり、被撃破率の高い戦車ではなかったかもしれません。

日本陸軍の九七式中戦車チハ海外の反応は?

海外におけるチハへの反応というのは、どういうものなのでしょう。やはり弱い戦車というイメージが強いようではありますが、以外にもポジティブな反応があったりと日本の戦車論議とは違った意見が見ることもできて意外と面白かったです。これは現代戦車にもいえることですが、戦車というのは国柄が出ます。日本の戦車は先述のように軽くて燃費が良いという面が今でも引き継がれています。一方で先頭が激しい地域、例えばイスラエルの戦車は乗組員がすぐに脱出できるよう扉が戦車の側面に取り付けられていたりします。

意外に好意的な反応も?

戦車はその国の文化や思想、あるいは環境によってかなり差が生まれます。そのため、戦車マニアはその点を踏まえて戦車を語る人が多いようです。日本のチハは、実は海外でも結構人気があり、例えばラジコンなんかが海外の方に買われていたりします。チハのラジコンだからといってすぐに壊れてしまうということはありませんのでご安心ください。そういった面もあるからか、好意的にとらえている人も結構居るんですね。正直なところ、日本国内でもネガティブなイメージが圧倒的な戦車なので、好意的に見てもらえるというのはうれしいですね。

日本陸軍の九七式中戦車チハの海外の反応①

海外から見た日本を考慮した反応が多い

海外の方がチハを語る際、その日本特有の環境を考慮して語られることが多いです。先述のように、日本は当時から技術立国でした。そのためその当時の技術力が結集されたチハを「当時の目線」で考えると、ポジティブな印象を受けるのです。更に言うと、日本は資源不足に悩んでいたため戦車以外の兵器もやはり弱いという印象です。銃にいたっては、日本製の銃弾を込めようとしているのになぜか合わないという話まであります。そんな中で、当時の他国戦車と比べても決して引けをとらないチハはそれほど弱いとはいえないという意見もあるのです。

島国と陸続きの海外の国の反応の違い

日本は海で囲まれた島国です。「島国は自国をほめて悦に浸りがち」という人も居ますがそれは逆です。特に日本の場合、戦中は周囲に敵が多く、同盟国もはるか彼方の国であったため孤立状態にありました。そのため戦後は海外戦車に目が行き勝ちになり、チハを責める風潮が今でもあります。一方、陸続きで国通しが隣接している西欧列強に住む人たちは、ある意味でガラパゴス化しているチハを未知の兵器として捉えて見る傾向にあります。それゆえに、ポジティブな印象を受ける人も居るのでしょう。

日本陸軍の九七式中戦車チハの海外の反応②

海外でも可愛いという反応が…

海外の人がチハを見て思うのは、やはり「かわいい」という点のようです。日本でも「駄目な子ほどかわいい」なんていいますが、これは海外でも共通しているのでしょうか。チハが可愛く見えてしまう理由としては、やはり車体の小ささが挙げられます。車で言うところの、ミニクーパー的な立ち位置でしょうか。そして、ほどこされた迷彩も当時としては珍しいものでした。先述のように、後にベトナム戦争で使用されるダックカモと似ているのですが、ダックカモもまた可愛いとされる迷彩の一つですからね。

弱い×小さい=可愛いは海外でも共通の反応

弱くて小さいラジコンのような戦車という評価のチハですが、そのラジコンのようなフォルムが可愛いと評判なのも、ある意味ではチハの特徴といえます。かつては戦場を高速で侵略し、またあるときは待ち伏せで兵士を恐怖に陥れたチハも、この平和な世の中では海外でもラジコンのような扱いなのです。日本でも「チハタン」と呼ばれ、可愛い戦車の代名詞という扱いですが、やはり海外でも同じようですね。

日本陸軍の九七式中戦車チハの海外の反応③

海外でもブリキの棺桶という反応

そして圧倒的に多いのが、やはり「ブリキの棺桶」という反応ですね。通称だけでチハの悪評をあらわしてしまうため、どうしても広まりやすく面白がられます。しかし先述のように、チハは優秀な面もある戦車なのです。生まれてきた時代を間違えた戦車であったと言えるかもしれません。

海外の戦車と日本の戦車

これは今現代でも言えることですが、海外の戦車と日本の戦車というのは根本的に設計思想が異なります。例えば中国やロシア、ヨーロッパなどは国境があるとはいえ陸続きです。そのため、常に国境侵犯の恐怖を抱えているため設計思想もそれが反映されます。特にイスラエルなんかは、先述のように兵士が脱出しやすい設計になっていたりしますしね。日本の場合は島国なので、「敵が陸を上がってくる」ことに加え「専守防衛」が設計思想に盛り込まれています。それがチハから受け継がれた機動力というわけです。

日本陸軍の九七式中戦車チハのグッズを2選

ではここからは、チハの人気グッズを紹介していきたいと思います。チハは世界的にも悪評を含めて非常に有名な戦車です。そのため、ラジコンやプラモデルといったグッズも多数販売されているわけです。特にチハのラジコンは古くから定番のグッズとして親しまれており、今では3Dプリンターで自作する猛者もいるほどですから、おどろきですね。

キャラクター的人気のあるチハ

チハは今現在では、兵器としてというよりもキャラクター的人気のある戦車だといえます。実際には先述のように戦果を多数上げていたとはいえ、「ポンコツ」や「ラジコンおもちゃ」というイメージが非常に強いため、そういう扱いになるのでしょう。ですが、だからこそグッズとしても親しみやすい戦車であるといえます。

日本陸軍の九七式中戦車チハのグッズ①

ガルパンでおなじみ、知波単学園モデルのラジコン

出典: https://www.amazon.co.jp

まず一つ目は定番のラジコンですが、これは今現在最終章第二話が劇場で公開されているアニメ作品「ガールズ&パンツァー」仕様のラジコンです。自宅で突撃すると映えそうなラジコンですが、勢いよく壁などにぶつけると破損の原因にもなるので注意しましょう。なお、今公開されている最終章第二話でもチハは活躍するので、是非足を運んでみてください。

日本陸軍の九七式中戦車チハのグッズ②

Tシャツ

出典: https://www.sa-ka-ki.jp

意外なところで、Tシャツもおすすめです。戦車がプリントされたTシャツというのはアメカジでも定番ですが、日本の戦車がこうして描かれたプリントというのはなかなか珍しいです。こうしてみると結構おしゃれに見えますよね。ジーンズはもちろん、カーゴパンツにも合わせてみたい一品です。

日本陸軍の九七式中戦車チハのまとめ

今回は、日本が誇る有名な戦車「九七式中戦車チハ」についてまとめてみました。戦車はもちろん兵器なので、ネガティブなイメージが付きまといます。しかし、こうしてみるとチハは愛嬌がありかわいらしくも見えるのです。もし今回の記事で、戦車に普段触れない、興味が無かったという人に少しでも興味を持っていただければ幸いです。

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